プロジェクトインタビュー
“機体が考える”を形にする。
8年間の研究から生まれた次世代無人航空機。
次世代無人航空機・MUM-Tプロジェクト
- 技術系総合職(航空宇宙)
N・N 技術系総合職(航空宇宙)
1997年入社 航空宇宙技術開発部(無人機)主査
入社以来、機構・油圧システムの設計開発、無人航空機システムの設計開発、飛行試験に従事。趣味は登山やキャンプなどアウトドア系全般。
N・I 技術系総合職(航空宇宙)
2008年入社 航空宇宙技術開発部(将来技術)
入社以来、無人航空機の制御系や経路生成の研究・設計開発、試験、飛行試験に従事。趣味はスキー。
D・S 技術系総合職(航空宇宙)
2017年入社 無人機システム技術課
入社以来、主に無人航空機システムの設計開発、飛行試験に従事。本プロジェクトでは主に安全性設計を担当。趣味は旅行。
このプロジェクトについて
50年以上かけて磨いた無人航空機の技術が
一歩先の空へ挑む
SUBARUのルーツは1917年に産声を上げた飛行機研究所。空はSUBARUの原点と呼ぶべきフィールドです。無人航空機の技術開発は1970年に始まり、以来50年以上で手がけた機体は20機種以上、製造数は800機を超えます。火山観測や農薬散布など暮らしを支える現場でも、その技術は活かされてきました。
いま無人航空機には、人手不足や災害対応といった社会課題を解決する技術として、期待が寄せられています。しかし従来の無人航空機にできるのは、あらかじめ決めておいた通りに飛ぶことだけ。危険な場所での点検や災害時の状況把握を本当の意味で担うには、機体自身が状況を認識し、判断しながら飛ぶ力が欠かせません。
今回SUBARUが挑んだのは、その「考える力」の実現です。自ら飛行経路を生み出す無人航空機が有人機のパイロットと共に空を飛ぶ。世界の各国でも開発が進むこの技術は幾多の試行錯誤の末、2025年に長年の研究成果が実機として形になりました。すべての出発点は一人のエンジニアが8年間温めてきた研究です。その道のりを、開発に携わった3人の社員が振り返ります。
プロジェクトの流れ
システム設計
お客様の要求を整理し、それを実現するために何が必要かを考える、開発の出発点となる工程です。
細部設計
機体の構造や、制御プログラムのロジックなど、実際につくるものの詳細を一つひとつ決めていきます。
製造
機体構造や電子機器を組み上げ、設計したロジックを実際のソフトウェアコードに落とし込んでいく工程です。
地上試験
地上で長い時間をかけて、設計通りに動作するかを確認します。飛行前の安全確認の要となる工程です。
飛行試験
実際に無人航空機を飛ばし、実環境で設計通りに動くかを確認します。
SCENE01
8年間温めた研究が動き出した。
有人機と無人航空機が同じ空を飛ぶ挑戦へ。
──有人機と連携して飛行する、次世代型無人航空機システムの開発とのことですが、どんなプロジェクトだったのでしょうか?
実はこのプロジェクトの原点は私が担当した研究にあります。無人航空機が自分で判断して飛ぶための制御や経路生成というテーマを、プロジェクトが始まる8年くらい前から一人で研究してきたんです。別のプロジェクトの開発で積み重ねた知見が、このテーマに取り組むきっかけとなりました。
そんな折、お客様から「こんな技術を実現してほしい」というお話をいただいて、少しずつ話が具体的になっていったんですよね。そうして、正式にプロジェクトが動き出しました。だから今回のプロジェクトで一番感慨深いのは間違いなくN・Iさんだと思いますよ(笑)。
8年間、周りと協力しながらも、概ね一人で研究してきたテーマが、実際にプロジェクトになったわけですから。本当に感慨深いですね。
プロジェクトが目指したのは、無人航空機と人が乗る有人機が連携して飛ぶ「有人無人連携」、MUM-T(Manned-Unmanned Teaming)と呼ばれる技術の実現です。それを支えているのがまさにN・Iが追い求めてきた自律飛行の技術でした。無人航空機が自ら状況を認識し、判断し、飛行経路を生成しながら飛んでいく。いわば、機体が“考えながら”飛んでいるわけです。映像だけではなかなか伝わらないのですが、世界的に見ても非常に高い水準にある技術だと自負しています。
有人機との連携も相当に高度なことをやっています。パイロットは自機を操縦しながら同時に無人航空機へ指示も出せるんですね。飛行中に細かな指示は出せませんから、たとえば「ついてこい」と伝えるだけ。後方につけ、右につけ、とポジションを選べば、あとは無人航空機自身が状況を見ながら追従してくれる仕組みです。
今回はさらに無人航空機同士が編隊を組んで飛ぶことにも挑戦しました。編隊の機体が増えるほど把握すべき情報は増え、システムはどんどん複雑になっていきます。それでも2機、5機と機数を増やしながら、実験を重ねてきました。
──N・Iさんの研究から始まったこのプロジェクトで皆さんはどのような役割を担ってきたのでしょうか?
私はリーダーとして全体を統括してきました。お客様の要求整理から設計の取りまとめ、製造段階に入ってからのコストやスケジュールの管理まで、プロジェクトの最初から最後までを見渡す役割ですね。
私は複数の無人航空機を同時に飛ばすための制御と機体がどこへ飛ぶかを決める経路生成を担当しました。いわば、無人航空機の頭脳をつくる仕事です。
私が担当したのは無人航空機の安全設計です。何かトラブルが起きたとき、人への安全性確保を目指してどう振る舞うべきかをあらかじめ考えて設計しておく。N・Iさんの制御が“どう動くか”を決める領域だとすれば、私の役割は“何を優先するか”を決める領域と言えます。加えて搭載装置の選定や、試験フェーズでは試験全体の取りまとめも担いました。
このプロジェクトには制御・経路生成、安全設計に加え、機体構造や電子機器、ソフトウェアなど、専門分野の異なるメンバーが集まっていました。研究から試作機開発、飛行試験、改善まで、一つのチームで一貫して担う体制です。設計段階で20人以上、飛行試験では最大50人以上が携わる大規模なプロジェクトになりました。
SCENE02
無人航空機を“人に近づける”。
答えのない問いに、チームで挑む。
──“人と共に飛ぶ”無人航空機を実現するうえで鍵になったのは何でしょうか?
今回のテーマの一つが人との連携です。無人航空機からするとパイロットが何を考えているのかわからない。ここが最初の関門でした。無人航空機がパイロットの意図を推定できなければスムーズな連携は成り立ちません。
無人航空機からパイロットの意図が読めないという話がありましたが、逆もまた同じなんです。パイロット側から見ても無人航空機が何をするかわからなければ、安心して飛べません。
この“安心感”をどうつくるか。私たちが一つの指針としたのが「人が見て違和感のない行動をする無人航空機」という考え方でした。右に行ってほしいのに急に左へ行ってしまう、といったことが起きないように設計しています。
その“違和感のなさ”に近づくために実際にパイロットへのヒアリングを重ねました。無人航空機がこう動くだろうと予測していたことがパイロットの感覚と合っているか。確認しては設計に反映していきました。人が「なんとなく変だ」と感じる部分は、数字だけでは測れません。使う人の感覚に寄り添わなければ、実際には使い物にならないと思うんです。
この“人に近づける”作業は一筋縄ではいきませんでした。機数が増えるほど把握すべき情報も増え、システムは複雑になっていく。それでも実験を重ねながら少しずつ答えに近づいていきました。この考えを実際に機体へ落とし込めたのは、SUBARUが50年以上かけて培ってきた、機体とシステムを高いレベルで統合する力があってこそだと思います。
──ここまでは設計面でのお話でしたが、実際に空を飛ばすにあたって大切にしていることはありますか?
やはり安全です。空を飛ぶものである以上、パイロットだけでなく、地上にいる人たちの安全も守らなければなりません。だからこそ開発の過程では地上試験と飛行試験という2つの試験を行います。まず地上で、設計通りに動作するかをじっくり確かめる。そこで問題がないと確認できて、初めて飛行試験に進めるんです。
地上試験には約1年をかけました。離陸、ミッション、着陸のそれぞれの場面で、地上装置・無人航空機・人のそれぞれに不具合やミスが起きた場合を想定し、漏れなく安全を確保できているかを一つひとつ点検していきます。
地上試験にとことん時間をかけるからこそ、安心して飛行試験に進める。それが私たちの基本的な考え方です。
──開発の途中には大きな壁もあったと伺いました。チームでどう乗り越えたのですか?
試験が始まってから大きな問題にぶつかりました。このままではどうやっても求められる性能を達成できない。それがわかってしまったんです。解決には大がかりな設計変更が必要でした。私自身、寝ている間も考え続けるほど悩みましたし、チーム全体がほぼ諦めかけた時期が半年以上続きました。
あの時期は本当にゴールが見えませんでした。それでも手を止める人は誰もいなかったんです。
とはいえ、劇的な解決策があったわけではありません。「これをやったらどうだろう」「あれはどうだろう」と、みんなでアイデアを出し合っては、一つずつシミュレーションで確かめていく。あれもダメだった、これもダメだった。その繰り返しの中で、あるアイデアを試したとき、「あれ、これは意外といけるんじゃないか?」という瞬間が訪れたんです。地道な積み重ねの先に、突破口はありました。
もう一つ、リーダーとして意識していたことがあります。私が諦めてしまったら、周りはついてこられなくなる。だから、なるべく暗い顔は見せない。「なんとかできる」と言い続けました。みんなは内心「できるわけないだろう」と思っていたかもしれませんが(笑)。それでも、答えを見つけ出せたのは、みんなの力があってこそです。
SCENE03
5機の翼が空に描いた答え。
人が立ち入りにくい場所で活躍する未来へ。
──いよいよ飛行試験。現場ではチームの外からの支えも大きかったと聞きました。
そうなんです。先ほどお話ししたように社内のメンバーも増えていきましたが、現場ではさらに多くの方の協力を仰ぎました。実は無人航空機を飛ばせる場所は国内でも限られていて、試験エリアもあまり広くありません。海の上を飛ぶ試験では機体がエリアを外れていないか監視するため、地元の漁業組合にお願いして船を出していただきました。近隣の農家の方々への説明にも回りましたね。安全に試験を行うためには、こうした地元の方々のご協力が欠かせませんでした。
実環境での飛行試験は、机上のシミュレーションでは想定することの難しい状況が発生することもあり、実機で確認するまで結果が分からない部分もあります。
試験の前日には毎回のように神社へお参りに行っていましたよね(笑)。
最後は実際の試験結果を見守るしかありません(笑)。あとは試験当日の朝、N・Iさんに「よし、やるぞ」と声をかけて、その表情を見て「今日はいける」と自分の士気を高めていました。
──そして迎えた飛行の瞬間はどんな様子でしたか?
事前にどれだけ検証していてもつくったものが本当にうまく動くかは飛ばしてみるまでわかりません。最初の1機だけの飛行試験で想定通りに機体が動いてくれたときは心の底から安心しました。
その初飛行のあとは泣いているメンバーもたくさんいました。ただ、リーダーという立場だからでしょうか、私自身の区切りはそこではなかったんです。最後の5機編隊飛行 ※1の試験がすべて完了した瞬間。自分たちがやってきたことに本当に区切りがついたと感じて、珍しく泣いてしまいました(笑)。準備してきた通りにすべてが完璧に収まり、自分たちが積み重ねてきたことが確かな成果につながったと感じました。
その5機編隊飛行に挑んだ日は日程的にも最後のチャンスでした。お客様も普段より多くいらしていて、ミスの許されない緊張感の中、狭い試験エリアで5機がきれいに収束してくれるのか、直前まで不安で仕方がなくて。離陸までは少し細かなトラブルもあったのですが、飛んでからはシミュレーション以上に美しく編隊がまとまっていきました。モニターでその様子を見ていて、試験が終わってもいないのに、思わず「あっ、終わった!」と声が出たほどです(笑)。お客様が期待以上の成果に喜んでくださる姿を見られたのも、本当にうれしかったですね。
社内でも長く無人航空機開発に携わってきた先輩たちから「自分たちの技術がここまで進化したのか」と感動の声をたくさんいただきました。50年の積み重ねの上に、新しい一歩を刻めたのだと思います。
最初は、一人の研究でした。それがこんなにも多くの仲間の手でカタチになって、みんなが「こんなことができたんだ」と喜んでいる。その顔を見られたことが、何よりうれしかったですね。
- ※1 複数の機体が互いの位置関係を保ちながら協調して飛行する技術
──このプロジェクトで得られたものや、この技術への今後の期待を聞かせてください。
一人でできることには限りがあります。50人以上の仲間ができてチームで挑むことでこれほどのことが実現できるのだと身をもって実感しました。
私は初めてのことばかりでしたがN・NさんやN・Iさんのアドバイスを受けながら、一つずつ進めることができました。壁を越えるたびに自分の成長を感じられたプロジェクトでもあります。
二人の言う通りチームだからこそ乗り越えられることがたくさんあります。専門分野の異なるメンバーが集まっていたからこそ一人では成し遂げられない規模の挑戦ができました。学生の研究と企業の開発の一番の違いはまさにそこにあると思っています。この成功体験をこれからは若手にもっと経験させてあげたい。次はN・IさんやD・Sさんの世代がその役割を担っていってくれるはずです。
今後の野望というか、大きなことを言うと、世の中をもっと良くしたいという思いがずっとあります。もともとSFの世界が好きで、クルマが空を飛ぶような未来に憧れを抱いてきました。今回、無人航空機同士がお互いの動きを見ながら協調して飛ぶ技術を実現できましたが、これは、より良い世の中をつくる第一歩なんじゃないかと思っています。
私も災害対応やインフラ点検など、人の安全・安心を支える技術にしていけたらと思っています。
そうですね。これまで人がやらなければならなかったことを、無人航空機ができるようになるのは、いいことだと思っています。人が立ち入りにくい場所での点検や状況把握などに活用され、多くの人の安全につながればうれしいです。
量産化を見据えてSUBARUの無人航空機がもっと広く使われる未来を目指し、次のステップへ進んでいきたいと思います。
──最後に、今後携わる学生に伝えたいことはありますか?
物事を動かすのは思いの強い人だと感じています。学生時代の勉強以上に「やりたい」という熱意を持ち続けることを大切にしてほしいですね。一人の想いから、50人のプロジェクトが生まれることだってあるのですから。
N・Iさんの話に通ずる部分がありますが、SUBARUにはやりたいと言えば任せてもらえる風土があります。初めてのことでも「まずやってみよう」という文化がチャレンジを後押ししてくれるはずです。
大切なのは気持ちです。いろいろなことに興味を持って、チャレンジしてみてください。大変なこともあると思いますが、やる気さえ持ち続ければきっと道は開けます。